お山へ
ようやく頂上に着いたはいいが、四方を雲海に囲まれ、ほぼ下界は見えず…
当たり前だが、登ったからには降りなきゃならず、ワタシは一体何をやっているんだ。。
そもそも、なぜ山に登ろうと思ったのか?
疲れるのに。敢えて苦しそうなことを自ら選ぶのか?
分かりません。。
人が通るからといって、木や岩は決して道を譲ってくれるわけもなく、暑いから寒いからといって、木々の枝や葉が動いてお日さまの調整をしてくれるわけでもない。
山は人のために作られたものではなく、ただそこにあるにすぎないということ。そこにある木々や草花たちは、奇跡としか言えないほどの、本来あるべき彼らのバランスで生きているんだなぁということ。
そこには人が形容するような特別な美しさとかは本当は存在せず、ただ「ある」それだけなのだ。それはワタシにとって、もう尊敬以外の何ものでもなかった。
ハハハ。ハマってしまったな。。
「五日目」
飽きっぽいワタシが10年以上も続けてこれたもの。それは決してマットの上のアーサナだけではなく、生き方そのもの。そしてお料理と同様にワタシにとっては、これも大切なコミュニケーションツールのひとつでもある。
どれだけたくさんの人たちと巡り会わせてもらえたんだろう?
どれだけたくさんのコトを共有できただろう?
それは… これまでも、これからも。
YOGAに、ありがとう。
14 ワタシに感謝します
自分を大切にできない人が、誰かを大切することなどできない。ましてや守ったり、愛することなどできない。それは決してエゴではなくて。
どんなことがあろうと前に歩を進め、時には立ち止まることも大切だと教えてくれる足に。機会を逃さずしっかりと受け止め、時には手放す勇気を教えてくれる腕に。何度となく救われた自分自身の声に。戻るべき場所はいつもココだと教えてくれるココロに。
ワタシに、ありがとう。
15 一日の終わりに感謝します
ベッドの中で、眠りにつく前にいろんな感情に包まれた「今日」という日を振り返る。
深い呼吸ができていただろうか?
空を見上げるゆとりはあっただろうか?
そして、どれだけ笑えただろうか?
この “当たり前” の毎日が、「当たり前」であること。「当たり前」に過ぎていくこと。本当はそれが、ものすごい “奇跡” の集まりであること。
一日の終わりに、ありがとう。
五日目。「感謝のバトン」としては、今日で終わり。でも…これからも感謝していくことは続いていくし、そんなワタシでありたいと思う。
ありがとう。ココロから☺︎
「四日目」
「話す」ことが得意ではないワタシにとって、お料理をすることは大切なコミュニケーションツールのひとつ。
作ることは、ワタシにとって喜びであり心静かでいられる大切な時間。
雑念がなく、なんの迷いもない、瞑想状態。上手く説明できないけれど… ワタシが作っているという感覚はなく、何かに全てを委ねていられる。
作ることも食べることも大好きなワタシから “お料理” は外せない! ということで…
お料理に、ありがとう。
12 世界中の美味しいものに感謝します
いろんな国のいろんな食べもの。
人の味覚は様々だけど… 美味しいものはヒトを幸せにし、元気をくれ、笑顔にさせる。食べものが与えてくれるチカラは計り知れないから!
世界中の美味しいものに、ありがとう。
13 今までに訪れた場所・住んできた場所に感謝します
いろんなところに旅をして、いろんなところに住んできた。
これまでにワタシはどれだけの場所を訪れたんだろうか?
そしてこれからも、どれだけの場所を訪れるんだろうか?
場所によって受けとるエネルギーは様々。それは前に進むための勇気や、好奇心を満たしてくれるワクワクだったり、自分と向き合うための静けさや、今のままで十分であるという充足感。
静けさも騒々しさも、雑踏の中も自然の中も、ワタシにいろんな経験を与えてくれたから。
今までに訪れた場所・住んできた場所に、ありがとう。
四日目でした☺︎
「三日目」
ワタシが介護の仕事をしていた時、ケアで入っていた女性の利用者さん。もうココにはいないけれど…
彼女はかなり重度の認知症で、お話の内容がいつも女学生時代。彼女の “今” は、大抵その女学生時代だけど… 時々ふっと “今” に戻ってくる。その時に彼女が言ったコト。
「貴方ね、人生楽しまなきゃウソよ」
その後、また女学生に戻ってしまわれたけれど…
ワタシはケアをしながら、涙が溢れるのを必死で堪えていたのを記憶している。
今でも時折、ふっとワタシの上に降りてくる言葉。
この女性に、ありがとう。
8 たくさんの本に感謝します
小さい頃から、我が家ではマンガを一切与えられなかった。その代わり、読みたい本はいくらでも買い与えてくれた。これまでにどれだけの本に出会えたんだろう?
時に勇気をもらい、優しい気持ちになれたり、励まされたり、ワクワクしたり…
たくさんの本に、ありがとう。
9 美しい言葉に感謝します
目に見えないし、手に取ることもできないけれど、ワタシは美しい言葉の数々に耳を傾け、自由に扱うことができる。それは本当に贅沢なこと。
言霊という意味のとおり、言葉にはそれぞれに意味があって思いがあること。いつもいつも意識することは難しくても、自分の口にする言葉ができる限り美しいものであるといいなぁと思う。
美しい言葉に、ありがとう。
三日目でした☻
「二日目」
子供の頃から、さほど仲良くなかったのだけれど (…って、この滑り出しはマズイよな。。) 自由奔放に生きているワタシを、時折陰ながら心配してくれている彼ら。気づけばみんな、もういいオトナで、それぞれの家庭や生き方があり、その中で悩んで苦労してはいるけれど…元気で生きているからね、お互い。
兄弟たちに、ありがとう。
5 トラに感謝します
大切な大切な家族の一員。みんなのアイドル‼︎
“私の全てで、このコを守る!” とココロに誓った日から、逆に守られ支えられっぱなしだけどね。。 でも… トラがいたから、ちゃんと生きてこれたし、いろんなコトを決断できた。 “トラのカリカリ代を稼がなきゃ!” と。
トラちゃん、ありがとう❤︎
6 今まで出会えた人たち全てに感謝します
ワタシが産まれてから今の今までに出会えた、たっくさんの人たち。
いろんな仲間・友人。たくさん笑ったり泣いたり、励ましあったり自慢しあったり。
先生方。生前にお会いすることができなかった先生もたくさんいらっしゃるけれど…その教えを与えてくださったこと。
そして名前も知らない、もう二度と会うことのないかもしれない人たちにも。それはコンビニの店員さんかもしれないし、カフェのスタッフの方かもしれないし、受付の事務員さんかもしれない。何気ない一言や笑顔でホッとしたこと。ココロが沈んでいる時には、尚のこと。
今まで出会えた人たち全てに、ありがとう。
二日目でした☻
「一日目」
毎日訪れる今日 、「今という日」
太陽が昇り 鳥たちの声を聞いて 少しひんやりする空気の中で目を覚ませること。
“朝ごはんはまだか?” とトラの視線を受けながら、手首・足首をぐりぐり動かし、欠伸と伸びでカラダを起こすこと。
全身でお日さまの光を浴びながら “今日はどんな一日にしよう?” と、あれこれ思いを巡らすこと。
“おはよう” と言う相手がいること。
大袈裟でもなんでもなく、全てが愛に満たされている。 いや… 全てが愛そのものなんだと、いちばん素直に感じられる。そのことに理由など必要ないこと。
一日の始まりに、ありがとう。
2 この “感謝のバトン” を繋げてきた人たち・これから繋げていく人たち・私に繋げてくれたアヤちゃんに感謝します
本当はみんな、毎日どこかで誰かに感謝している。それは一日のうち一回ではなく何度でも。だけどね、日本人はあえて言葉にしない。“言わなくても分かること” ・・・だけど言ったらグンと伝わること☺︎
改めて、そのコトに気づけたこと。そのキッカケを与えてくれたことに、ありがとう。
3 両親に感謝します
彼らはもう随分前に別々の生き方を選び、それ以降ワタシは父と会うことはないけれど、この二人がいなければココにいなかったから…
父に、ありがとう。
それから、母へ。彼女の惜しみない愛情には本当に頭が下がる。学生時代はそれが時に恥ずかしく、重苦しく感じた時もあったけど…
母に、ありがとう。
一日目でした☻